六羽の白鳥





 奥方様は、とうとう見つけておしまいになりました。
 七人の子供たちの住む、迷いの森の御屋敷を。
 真夜中に一人でお出かけになる領主様の後を、奥方様はこっそりとつけました。そして、真暗闇の森の中に、明かりのともった美しい小さな御屋敷を見つけました。
 そこから漏れ聞こえてくる楽しげな声。
 奥方様はすぐにお気づきになりました。
「ああ、なんてことだろう。この私がないがしろにされていたのは、死んだ女の子供が生きているからだったのか。隠れてこそこそと会っているなんて」
 奥方様は憤りました。女としての誇りを深く傷つけられたのです。
 そして、素晴らしい復讐の方法を思いつきました。
 人を使って簡単に殺してしまうよりも、ずっと残酷な方法です。奥方様はほくそ笑みました。
 その数日後に、領主様が王都へ赴かれました。国王様に、末娘の縁談のお話をお聞かせするためです。もちろん奥方には内緒のことです。領主様は、ご自分のもっとも愛する娘を、国王様に嫁がせようと心にお決めになったのでした。
 これ幸いと、奥方様は鞠を領主様の寝室から持ち出しました。
 奥方様が、領主様と同じように鞠を地面に落としても、鞠は少しも動きません。領主様がお使いになったときは、ころころとひとりでに転がっていたのに。
「これ、あの忌まわしい屋敷まで、私を連れておゆき」
 奥方様が癇癪を起こしてそう言ってみても、効き目はありません。お前など連れて行くものかと、鞠が言っているかのようでした。
「連れておゆきったら!」
 奥方様は、力一杯鞠を蹴飛ばしました。
 すると、魔法の鞠も観念したのか、ゆっくりと転がり始めました。
 奥方様は、大きな荷物を抱えて、森の奥の御屋敷にたどり着きました。奥方様はへとへとに疲れきっていました。
 魔法の鞠が、奥方様を御屋敷へ連れていくまいと、迷い道に入ったり回り道をしたりしたのです。
 そのたびに、奥方様は泥塗れの木靴で鞠を蹴りました。赤色と緑色の鮮やかな鞠は、泥で汚れてしまっています。
 奥方様は、御屋敷の中に入り込みました。
 六人の若い美しい青年たちが、ねそべって本を読んだり、かまどでパンを焼いたりと、めいめい楽しげに過ごしていました。
 奥方様は、なんと憎らしいことかと歯噛みなさいました。
 奥方様は、荷物の中からたくさんの網を取り出しました。
 書斎で本を読んでいる二人の青年に、奥方様は二本の網を投げました。彼らはその中に捕えられてしまいました。青年たちは、身動き一つかないません。
 奥方様が呪いの言葉を唱えると、青年たちはなんと、白い、翼の大きな鳥に姿を変えてしまいました。
 同じように、奥方様は残りの四人の青年たちも、網に掛けて白鳥に変えてしまいました。
 網の中で哀れにもがく純白の鳥たち。
 奥方様は、胸の中に渦巻いていた怒りが、甘美な喜びに変わってゆくのを感じていました。
「ああ、かわいそうなおまえたち。そんな格好で、どうしてお父上に会えるというんだい?」
 一人の青年、いいえ、今は一羽の白鳥が、低く鳴きました。
 奥方様は高笑いしました。
「人間の姿に戻りたいのかい? ああ、戻してやろうとも。おまえたちに無償の思いやりを注いでくれる女がいさえすれば。
 その女が、イラクサで編んだ衣を纏えば、おまえたちはめでたく人間に戻れるよ。その間その女は、一言も喋っちゃいけないし、笑っても泣いてもいけない。白鳥に、そんな物好きなことをしてくれる女がいるかい? いやしないよ。
 おまえたちは、お城の周りを飛んで、せいぜいお父上に鳴き声を聞かせるがいいよ。おまえたちを恋しがって、女々しくお泣きになるお父上にね」
 この六羽の白鳥たちを見て、いったい誰が呪いをかけられた子供たちだと気づくでしょうか。いいえ、誰一人としてわかる者などいないでしょう。
 父上である領主様にだって、おわかりになるはずがありません。
 奥方様の計画は落ち度のないものでした。
 たった一つ、領主様にはもう一人子供がいるということを知らなかったということを除いては。
 奥方様が仇とも思っている、先の奥方様にそっくりな、美しい娘のことを知らないということを除いては。
 奥方様は、すっかり満足してお帰りになりました。
 お城に戻るなり、奥方様は、さんざん自分を引き回した魔法の鞠を、思いきり踏みつけてつぶしてしまいました。泥に塗れ、ひしゃげてしまった鞠は、もう見る影もありません。
 奥方様は、その鞠を従者に拾わせ、何くわぬ顔で、元の場所に戻させました。
 そして、自分の完璧な復讐を思い返し、見とれるような妖しい美しさの笑みをこぼすのでした。
 何も知らない娘は、森に香草を摘みに出ているところでした。兄の一人が鶏を捌くと言うので、料理のために香草が必要だったのです。
 狐が香草のありかを教えてくれたので、娘は森に長居してしまいました。収穫は十分すぎるほどです。兄は、娘の遅れたことを咎めるかもしれません。
 娘はいっぱいになった籠を抱えて、御屋敷に戻りました。
 不思議なことに、いつもは誰かの声が外にまで聞こえてくるはずなのに、御屋敷は静まりかえっています。
 娘は急いで扉を開けました。
 広間には誰もいません。それを少しおかしいと思いながら、一階の厨房へ急ぎました。そこにも誰もいないのです。
 書斎、二階にあるそれぞれの寝室。外の炭焼き小屋まで、娘は御屋敷中を駆け回りました。
 誰もいないのです。
 兄たちは、何の挨拶もなしに、御屋敷を出ていってしまったのでしょうか。
 誇らしげに未来を語っていた、逞しい兄たちの姿を思い出します。みな、行ってしまったのでしょうか。
 娘は不安でたまらなくなりました。
 いいえ、娘には甘すぎるほど優しい兄たちが、そんなことをするはずはないのです。
 娘は、兄たちが自分を捜しに森へ行ったのだろうかと思いました。そして、庭を通り過ぎて門を開け、森に出ました。
「おにいさま!」
 娘は、美しい声を張り上げて呼びました。けれど、いらえはありません。
「おにいさま、どこにいらっしゃるの?」
 娘の声は、それに聞きほれた森の木々に、吸い取られていってしまいました。愛する娘の叫びを聞きつけ、動物たちが娘のもとへ集まってきます。
 娘は、狐に尋ねました。
「お兄さまたちを見かけなかった?」
 狐は、きい、と一声鳴きました。何か異変があった様子です。
 不安にかられた娘は、小鳥たちに尋ねました。
「お兄さまたちを知らない?」
 それを聞くなり、小鳥たちはざわめいて、飛び去っていってしまいました。
 やはり何かおかしなことが起こったのだと娘は思いました。けれど、優しい動物たちには、それを娘に伝える言葉がないのです。
 娘は森の奥へ迷い込んでいきました。何かに誘い込まれるように、娘は歩いていきました。
 一人では、足を踏み入れたこともない場所へ。
 倒れて腐った木につまづいて、娘は何度か転びかけました。それでも、起き上がって懸命に歩きました。
 足もとを滑るように進んでいく蛇を見つけてしまい、悲鳴をあげかけました。
 けれど、前を向いて歩いていれば、きっと兄たちに会うことができると、確かな証拠はありませんでしたが、娘は信じていたのです。
 日が落ちてきました。
 陽が傾いてしまえば、森にはあっと言う間に夜の帳が下ろされてしまいます。足もとさえも危うくなってきました。
 娘は、地面に座り込んでしまいそうになるのをこらえながら歩き続けました。
 そして、娘は小さな池にたどり着きました。  水は澄み切っていました。周りには鳥一羽さえもいません。きっとこの水が澄みすぎているからだと、娘は思いました。
 娘は疲れきっていました。
 今少し足の力を抜けば、この池に落ちてしまうかも知れません。
 娘は草むらの上に崩折れました。立ち上がろうと思っても、足が動きません。
 ああ、ここでならば、眠ってしまっても危うくはない。娘はなぜかそう思いました。
 そして、娘は深い眠りに落ちました。
 遠くで、たくさんの鳥の鳴く声が聞こえました。




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