風車の節 番外編
誰かのための子守唄




 やさしい歌が聞こえる。
 珠里はまどろみながら目を開けた。
 朝方の薄明るい寝室のなか、枕元に腰掛けた英琴さまが、ゆりかごを揺らしていらした。英琴さまが歌っていらっしゃるのだった。
 低くなめらかな声で、ゆっくりと柔らかく。
 どこか懐かしいような歌だった。
 珠里は、英琴さまの背中を見つめる。
 どんなお顔で赤子をみつめていらっしゃるのだろう。拝見したいと思うけれど、そうするときっと歌がやんでしまうので、珠里はしばらくこのままで聞いていることにした。
 歌は子守唄だった。
 時折途切れて、すぐに思い出したように続く。
 母が歌って差し上げた歌なのだろうか。そうであったらいいのにと、ぼんやりと思う。
 歌が止んで、衣擦れの音がした。英琴さまが体の向きを変えたのだ。
 見上げていた珠里に気づくと、英琴さまは照れたようにはにかんだ。
「聞いていたのか」
「……はい」
「起きたなら起きたと言わぬか」
 珠里は小さく頷いた。
 英琴さまの手が伸びてきて、珠里の髪を撫でる。
 子は珠里の赤毛に似なかったようで、英琴さまのような真っ黒な髪をしていた。まだ開きはしないけれど、きっと瞳も黒色だろう。
 珠里はそれが嬉しかった。
「お館さまが」
 繰り返し繰り返し髪を撫でてもらいながら、珠里は話し出した。
「赤ちゃんをお屋敷に引き取ってくださるとおっしゃったとき、男でも女でも、かまわないと言ってくださったんです」
 英琴さまのお手は大きく、触れられているととても気持ちが安らいだ。
「それだけで、もう、他には何もいらないと思ってしまったのです」
 手を止めて、英琴さまは瞳を翳らせた。
 珠里が不安になり、体を起こそうとする。
 英琴さまはそれを押しとどめ、珠里の頭の両脇に手を突かれた。まっすぐに覗き込まれ、珠里は戸惑った。英琴さまの黒い目は、熱っぽく、どこか悲しげで、思いつめたように暗かった。
「わかぎみさま――?」
 英琴さまは、珠里の首筋に顔を埋める。
 珠里の体に重みがかからぬように、気遣いながら抱き締めてくださる。
 くぐもった声が、耳元で囁く。
「老師に尋ねられたことがある。もし、おまえと赤子と、お産のときにどちらかしか助けられぬとなったとき、どちらを選ぶか」
 珠里も、同じことを聞かれたことがあった。
 珠里は迷わず、赤子を助けて欲しいと言った。
「おまえを選ぶと答えた。だが、今はわからぬ」
 珠里は、何度も頷いた。
「……それでよいのです」
 首の後ろに英琴さまの腕が回り、こわれものを扱うように抱きとめてくれる。黙ってそのぬくもりに浸っていると、突然に、赤子が火のついたように泣き出した。
 ふたりは慌てて、ゆりかごのなかを覗き込むのだった。









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